表現。

mirefugio2015-04-20

私たちの
からだをつくる
細胞は


日々
入れ代わっている。


なので
10年前のわたしと
今のわたしは


まったくちがう
細胞でできている


らしい。


ということは
その細胞の間にある
記憶や気持ち


そういうものが
宿っている


わたしは
ただの
細胞の塊。


細胞の塊には
終わりがあって


それを
ひとは命と呼び。


命が終わると
ひとはかなしむ。



表現。




とは
肉体をはなれて


記憶や気持ちを
かたちに遺すこと。


いろんなひとの
胸にこころに


ちゃんと
命の灯火を
刻むことなのかな。



最近
おもっています。




たいせつな
友達が亡くなって
そろそろ4年が経ちます。


まったく
涙が流れないし
亡くなった
気がしない(笑)


会えないのに
ちゃんと
そばにいるような。


あたたかささえ
を感じるような。



文筆家として
二冊の本を出版し


突然
亡くなった
彼女の生き方に


わたしが
学ぶこと。





ああ
みっちーね。


今頃
猫にでも
うまれかわって
のんきにやってんじゃない?



ひとりの
人間を失う
悲しみでさえ


みっちーは
さらっと
かわして


こちらに
向かってほほえむ。



軽やかに
しなやかに
誰にも左右されず


自分の意思で
最後まで生きぬいた
うつくしいひと。



くやしいくらいに
彼女が私のこころに
刻まれている。


肉体が
失われてもなお
わたしに影響を与え続ける


みっちーは
やっぱり
すごい表現者だった。



なにかを
つくることだけが
表現ではない。


全身を捧げて
生きる生き方
そのものが


表現なんだな。


ということを
彼女は
教えてくれた。



うりちゃん。



感情的にならず
真実を見きわめて
生きてくださいね。


みっちーなら


きっと
こう言うな。


何かに
ぶつかるたびに


わたしは
彼女のことばや仕草を
思い出すのです。